東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1256号 判決 1960年5月21日
控訴人(原告) 西陣リング有限会社
被控訴人(被告) 国
原審 東京地方昭和二九年(行)第九三号(例集十巻五号89参照)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金百二十七万三千七百円及びこれに対する昭和二十九年九月十八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述した主張の要旨、証拠の提出、援用、認否は左記の外は原判決事実摘示のとおりであるのでで、これを引用する。
(証拠省略)
理由
控訴人は昭和二十二年一月三十日有限会社清水鋳工所という商号で鋳造業を目的として(この点は被控訴人の明かに争わないところである)設立された有限会社で、昭和二十六年八月頃からパチンコ球遊器の製造販売をしてきたが、昭和二十九年七月一日その商号を現在のように変更した(この点は控訴人の明かに争わないところである)後、同月二十二日社員総会の決議によつて解散し現に清算中であること、控訴人は原判決添付の別表記載のとおり昭和二十七年一月から昭和二十九年六月までの間に昭和二十六年十一月から昭和二十八年十二月までに製造したパチンコ球遊器についての物品税として合計金百二十七万三千七百円を国に納付したことは、いずれも当事者間に争がない。
控訴人は、同人の製造したパチンコ球遊器は物品税の課税物件である「遊戯具」に該当しない、と主張するので次に判断する。
控訴人は、「パチンコ球遊器は約二十年前から娯楽用具として使用されているが、昭和十五年三月二十九日物品税法が制定されて以来同法にも同法施行規則にも課税物件として『パチンコ球遊器』又はこれに類する文字で規定されたことはなく、昭和十六年十一月二十二日法律第八十八号で物品税法に従来からあつた『玩具』と並んで『遊戯具』の規定が付加された後も課税されたことはなく、課税物件ではないという法的確信を与えていた。しかるに、昭和二十六年三月二日付東京国税局長通達、同年十月一日付国税庁長官の通牒によつてパチンコ球遊器が物品税の課税物件であるとされ、このように取扱はれるようになつたが、右通達、通牒は憲法第八十四条に違反する。」と主張するので次に判断する。パチンコ球遊器が約二十年前から娯楽用具として使用されていることは被控訴人の明かに争わないところであり、昭和十五年物品税法が制定されて以来同法にも同法施行規則にも課税物件として「パチンコ球遊器」又はこれに類する文字で規定されたことがないことは控訴人主張のとおりである。その成立に争のない甲第一ないし第四号証、原審証人熊倉弘二の証言によると、パチンコ球遊器は前記のように相当以前から使用されていたものの、戦前はその生産台数も極く少数で、昭和二十四年頃から一般に流行するにつれて急に生産も多くなつて、各税務署の取扱が一致しないことが問題となつたので控訴人主張のような通達及び通牒が発せられ(この点は当事者間に争がない)、それ以来各税務署ではこれを課税物件である遊戯具として取扱うことに一致したことを認めることができ、原審証人石原俊一、当審証人渡辺平八郎の各証言中右認定に反する部分は上記各証拠に照し合わせて信用できず、他に右認定を左右することのできる証拠はない。右認定の事実とパチンコ球遊器は本来娯楽のための器具であることは一般公知のことであることを合せ考えれば、たまたま球遊器について一部で課税されていなかつた事実があるとしても、右通達及通牒以前にすでに球遊器は物品税法上の課税物件に当らないとの法的確信が国民の間に生じていたということは認められないし、右通達及通牒は行政庁の解釈を正しく統一するために発せられたものであつて、これによつて法律の定めていない租税をあらたに課することを定めたものではないから、控訴人主張のように憲法第八十四条に違反するとはとうてい解することはできない。
控訴人は、「物品税は租税学上個別的間接消費税であるから、後記三つの理由でパチンコ球遊器に物品税を課することはできない。」と主張するので順次判断する。
控訴人は第一に、「消費税は消費者の租税給付能力をとらえようとするものであるから、資本的消費財はできるかぎり物品税の課税品目から除かなければならない。パチンコ球遊器は殆どパチンコ遊技場経営者によつて消費されるので、資本的消費財であるから物品税の課税品目から除かれなければならない。」と主張するので次に判断する。パチンコ球遊器は殆ど遊技場経営者によつて営業のため使用される現状であることは被控訴人の明かに争わないところであるから、一般家庭ではなくて主として企業の内部で使用されるという意味で資本的消費財ということができる。各その成立に争のない乙第一、第二号証、原審での鑑定人木村元一の鑑定の結果によると、財政学上消費税とは生産者と区別された意味での消費者が財を消費、使用もしくは利用する場合、これに関連して行う所得の支出に現われると考えられる租税給付能力に課徴しようとする租税であり、物品税法第一条に掲げる課税物件には奢侈的或は準奢侈的な物が多くその限りでは転嫁の可能性が強く、その負担が消費者に帰着するように立法者によつて意図されているといえるし、規定のうえでも昭和二十八年法律第四十一号によつて第三条の二(昭和二十九年三月三十一日法律第四十六条によつて第三条の三となる)が追加されてこの建前が明示されたが、同法第一条の課税物件中にはマツチ、電球等の生活必需品、モーターボート、撞球用具、自動車等営業用に使用されることの多いものもあり、次第に流通税的色彩を濃くして来ており、また資本財と消費財の区別も絶対的なものでもないから、パチンコ球遊器が主として営業用に使用されるからといつてこれを課税物件とすることは特に不当であることはいえないので、控訴人の右主張は理由がない。
控訴人は「物品税は一般的消費税と異る個別的消費税であるから、パチンコ球遊器のようにくり返えし行う同器の利用及びその利用の前提となるパチンコ遊技場のサービスの消費に租税給付能力を認めるのはその趣旨に反する。」と主張するので次に判断する。我が国の物品税法が本来の消費税としての性格に漸次流通税としての性格を加えて来たこと、したがつて営業用に使用されるものにも物品税を課すると解することが必ずしも不当といえないことは前記のとおりであり、前記乙第一、第二号証、原審での鑑定人木村元一の鑑定の結果によると、物品税は本来特定租税給付能力を捕捉しようとするものであるからなるべく消費者の消費の段階に近いところで課税すべきであるが、徴税技術等の見地から原料課税、半製品課税、もしくは設備課税による場合もあることを認めることができるので、主として営業用に使用される目的で製造されるパチンコ球遊器に課税することも必ずしも不当ではないといわなければならないから、控訴人の右主張は理由がない。
控訴人は、「物品税は租税体系上は間接消費税に属するものであつて、同法第三条の三は物品税は消費者が負担するのを建前とし、右消費者とは当該物品の購入者であると規定して、これを消費者に転嫁することを法律上認めている。しかるに、パチンコ球遊器のように専ら資本的消費に向けられるものに物品税を課するとすれば、実質的消費者でない経営者が消費者とされてこれを負担しなければならないばかりか、同条によつて実質的消費者に転嫁することを禁止され、また転嫁しようとすればその分だけ所得が増加して課税の対象となるという不当な結果を生ずる。」と主張するので次に判断する。物品税法が消費者である購入者の負担を建前とすると規定することは控訴人主張のとおりであるが、これは建前であるというだけであつて、上記認定のような物品税法の性格の変化に伴い営業用の物品にも課税されたような場合に、最終の消費者に転嫁されることを禁止するものではないと解することができ、前記乙第一、第二号証、原審での鑑定人木村元一の鑑定の結果によれば、このような場合にはその転嫁の関係はその時の経済的諸要素に左右されてやや複雑であるが最終の消費者に転嫁される可能性は十分存することを認めることができる。また、パチンコ遊技場経営者がパチンコ球遊器の購入者として負担した物品税相当額は所得の計算上は当然損失として差引かれるので、右税額相当額を顧客に転嫁する場合余分の所得税を負担するということもないので、控訴人の右主張は理由がない。
控訴人は、「控訴人の製造、販売にかかるパチンコ球遊器は前面ガラスのない未完成品であつて、パチンコ球遊器の部分品にすぎないから、物品税法所定の遊戯具にあたらない。」と主張するので次に判断する。前記甲第一号証、第三号証、原審証人石原俊一、中島源治、熊倉弘二の各証言によれば、パチンコ球遊器はその用法上前面ガラスは不可欠のものであるから、製造業者は当初は前面ガラスのはめ込まれたものを各遊技場経営者に販売していたが、パチンコ球遊器は損耗も早く、顧客吸引策としてたえず新装、新様式のものに入替える必要もあつて、遊技場経営者は次々にこれを購入しなければならないが、その大きさは大体一定しているうえ、前面ガラスは容易にはめ込みとりはずしができるので、このガラスの付かない器械をガラス代だけ安く製造業者から仕入れ、これに廃品パチンコ球遊器のガラスをはめ込むことが多く行われるようになつたため、控訴人も本件で問題になつている昭和二十六年十一月以降の分についてはこの一般の傾向にしたがつて前面ガラスの付かないものを製造販売していたことを認めることができ、他にこの認定を動かすことのできる証拠はない。右認定の事実によれば、パチンコ球遊器にはその用法上前面ガラスは不可欠のものではあるが、そのはめ込みも容易でありガラス代も他の部分に比し小額であつて、その全体の製造工程からみても経費の点からみても前面ガラスはめ込みの占める割合は極めて小さく、一般にも始んどガラスの付かないものが商品として取引されていたのであるから、前面ガラスの付かないパチンコ球遊器も社会通念上ガラスの付いたものと同様に「遊戯具」ということができるものといわなければならない。物品税法は昭和二十四年四月三十日法律第四十三号によつて従来の「遊戯具」の外に「同部分品及び附属品」の文字が追加され、昭和二十五年十二月二十日法律第二百八十六号によつて右追加部分が削除されて現在に及んでいることは、控訴人の主張のとおりであるが、前記のように前面ガラスのないパチンコ球遊器もすでに社会通念上「遊戯具」ということができるので、物品税法にいう「遊戯具」ということができるから、右改正はこの解釈を左右することはできないものといわなければならない。よつて、控訴人の右主張は理由がない。
よつて、物品税の納付義務がなく本件賦課処分が当然無効であるとする控訴人の主張は理由がなく、その無効であることを前提とする控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は正当で、本件控訴は理由がない。ゆえに、民事訴訟法第三八四条第一項によつてこれを棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について同法第九五、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)